Photographed by Kinzoh in Osaka



松山
平成27年8月9日
MATSUYAMA

AUGUST.9.2015




2014年2月27日、台湾で「KANO」という映画が公開されると大ヒットを飛ばした。
この映画は、日本統治時代の1931(昭和6)年に甲子園野球大会に初出場し、
台湾勢として初めて準優勝を飾った嘉義農林学校の奮闘を描く映画である。
新任監督の近藤兵太郎は、
愛媛県立松山商業学校を初の全国出場へと導いたのち、台湾へ赴き会計士となった。
松山時代のいきさつから、嘉農野球部の監督就任依頼を受けても渋っていたが、
練習風景を偶然見たのを機に、監督に就任する。
甲子園初出場で準優勝した後も嘉農で野球指導を続け、甲子園には春1回、夏4回出場した。
戦後、故郷の愛媛県松山市へ引き揚げた後も新田高等学校や愛媛大学で野球部監督を務めた。
2014年3月7日、「KANO」が第9回「大阪アジアン映画祭」オープニング作品として
台湾以外で初上映され、「観客賞」を受賞した。
「KANO」とは、「嘉義農林学校」短縮形「嘉農」の日本語読み。
今回は台湾からも参加者がいるので、近藤兵太郎前任校の松山商業高校も案内した。


 
偶然、城山公園で「松山まつり」をやっていた。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊っちゃん」の松山中学跡
 

 

 

夏目漱石赴任時の松山中学
 

松山中学の流れをくんでいる松山東高校。愛媛県内の公立学校としては随一の進学校。
 
 
松山商業高校。高校野球の強豪校として全国的に有名であるが、
2004年4月、上甲正典監督率いる済美高校野球部が、
春の選抜大会を史上最速の創部3年目にして初出場・初優勝してからは、
愛媛県内の高校野球の流れが変わってしまい、最近は苦戦している。
 

 

松山商業高校野球部グランド
 

坊っちゃん列車に乗車
 

「松山祭り」の日だったからか、
300円の坊っちゃん列車乗車券で“くるりん”にも乗車できた。
“くるりん”とは、松山のランドマーク的観覧車で乗車賃は、500円。
 

 

 

 

 

大和屋本店旅館
能舞台のあるレストラン。夕食時はディナーショーになる。
 

 

友近さんが芸能界へはいる前に道後温泉で仲居をしていたというのは有名な話ですが、
彼女が勤めていたのはこのホテルでした。道後では有名な老舗旅館です。
 

道後温泉駅
坊っちゃん列車の終着駅。また、東京新宿で高速バスに乗ればここに到着。
東京・大阪から道後温泉に来るには、高速バスは乗り換えなしで飛行機よりも便利。
 

道後温泉入口のランドマークになっているからくり時計。
但し、ひねりがまったくなくて面白みに欠けるのが難点。
 

それでも定時には観光客が集まる。
 

台湾台北市の松山区と愛媛の松山市は同名のよしみで友好関係がある。
将来は姉妹都市になる予定である。
 

半年前にできた正岡子規の像。Baseballを野球と訳したのは正岡子規。
愛媛県に野球を紹介したのも正岡子規である。
 

道後温泉
 

道後温泉二階席
 







 
 
 


 

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